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非番の日の待ち合わせは何となく始まったそれで、
一番最初の時はさすがに確か用件があったと思うのだが、
覚えてはないほど ささやかなことだったようで。
その頃にはもはや剣突きあうよな空気も薄れていたこともあり、
そのまま何ということもないことをネタに話し込んでしまい、
そうそうそうなんだよなぁなんて妙に意気投合し、
何だか話し足りないなと思ってのこと、次はいつが非番かを教え合った。
そこから始まったこの逢瀬、
重なった非番の日に双方共に特に用事がない場合、
じゃあ何処其処で会おうかなんてやりとりとなるのが
ここのところは自然な流れとなっていて。
勿論のこと、急な呼び出しで逢わずにお流れということもあるし、
逆に急な予定変更で時間が出来、
相手の非番は知っていたので連絡を取って半日だけ共に居るということもある。
『キミたちがそうまで仲良くなるとはねぇ。』
太宰さんなぞは 実に意外だとくすぐったげに笑いもするが、
仲がいいというのとは微妙に違うんじゃなかろうか。
確かに、顔を合わせりゃ殺してやる屠ってやると言われたり、
それへこちらも抗戦的に身構えることはなくなったけれど、
何が何でも一番に逢いたいとしているわけじゃあない。
他の人との約束で先に埋まることだってあるし、
それはお互い様のようで、
確か先月は芥川の方で用があると言われてお流れになったような。
なのでと、異議ありと返したところ、
『そうやって予定変更となったの伝えることへも、気兼ねは要らないのだろう?』
『あ、はい。そうですけど…。』
じゃあ次の休みに逢おうねとなりますし、
電子書簡でのやり取りならいつでも出来ますから不都合はさほど、と連ねると、
うんうんと楽しそうに頷いて、頭をポンポンと撫ぜてくれたんだったっけ。
はて?と小首を傾げておれば、
『いちいち意識して気を遣うような相手より、
遠慮が要らねぇほど素の顔見せてる、親密な相手だってことじゃね?』
大いに甘えて言いたいこと言ったりするよな対象になってるってことだろと、
もう少し噛み砕いてくれたのは中也さんであり。
『手前のこったから、もしかして。』
向こうはきっとそうまで大仰に思っちゃあいなかろなんて、
自分なんか大事に思ってもらってねぇと感じてのざっかけなさだってんだったら、
『そこは ちぃとばっか改めにゃあなんねぇぞ。』
そうと付け足し、
あの芥川がどうでもいい相手といちいち約束なんぞ取り付けやしねぇよと、
やっぱり愉快愉快と笑ってた。
“…それって少しは自惚れてもいいのかなぁ。”
自己評価が低すぎるというのは、いつも言われていることで、
中也さんにも太宰さんにも改めなさいと頭を抱えられている。
確かにいまだに“ボクなんかに”というのがついつい口を突いて出るけど、
そういえば…芥川へは言わなくなったかな、それ。
「どうした?」
ココロ此処にあらずという態でいたようで、
ただぼんやりしていたわけじゃあない、何かしらの想いを巡らせていたようだと察したか、
淹れてくれた珈琲を差し出しつつ、
答えが出てこないのなら付き合うがと、身を乗り出してきたよな口調で問われた。
これが彼さえ放り出しての呆けていただけならば、眠いなら帰るとか言われているところで、
“…こういうのが判るっていうのも親しみのうちなんだろうか。”
あ、まずい、なんか嬉しいぞvv
考え込んでたのに、そのまま にやけたら変な奴だ認定されない?
でもでも、芥川に懐かれるのは何か嬉しいしなぁ。…何でだろ?
あ、眉しかめてる。何か答えなきゃ…と、
此処まであーだこーだ、回想含めて色々考えてたことを
一旦保留だと放り出した、虎の子こと中島敦くん。
「あのね?
中也さんが自分の非番を今日みたいな日へ合わせたことってないなぁって。」
「そういえば…。」
かち合ったことないでしょ?と、
そんな意外なことに、今初めて気づいたという声を敦が上げれば、
芥川の方でも おやぁと宙を見上げてから、自分の側なら太宰がというのを振り返ったらしく。
返事を待つよにそちらを向いていた虎の子へ、こちらも同じくと頷いて見せる。
いや、この場合はかぶりを振った方がいいのかなと、
一回だけ頷いてから再び“おやぁ?”という顔になって小首を傾げる辺りが
判りやすくて天然だというのだと、弟くんへ苦笑を誘ったりしたのだが。
「きっと、こうやって逢う日にしているんだろうなって
気遣ってくれてるのかも知れないね。」
自分たちの直接の上司のようなものなのだから、それぞれのスケジュールは把握している筈で、
それが自分の愛し子の非番と重なる日というのも自ずと判りそうなものだろに。
重なったらどっちを優先しようか迷うから?
いやまあ、迷うことはないだろうけど、
お流れにされた方が気の毒だとでも案じてか、意識して空けといてくれているのかも?
「太宰さんたら 仲がいいこと揶揄ってくるのにね。」
良好良好と言いたげだったよと、そこをだけ告げ口すれば、
おやと意外そうに瞬いて、
「僕には、自分の休みとなかなか重ならぬと言われたが。」
芥川がそうと口にした途端、敦が わぁと目を見張り、
「其れって、
何とも思ってないわけじゃあないよって釘刺しているのかもだね。」
「??」
だからサと、
こういうことには同じほど拙い身のはず、でもでも他人のそれには目端も利くよになったか、
「相手がボクであれ、
休みの芥川を一日奪られちゃうのは残念だなぁって、言いたいのかもしれない。」
「な…っ。////////」
ポーズであれ悋気の一端も覗かせているらしき太宰の行き届きっぷりを、
さすがは世慣れている人だよねぇと頬笑んで、
気が利いているように褒めたらしかった敦の言へ。
言われた方は少しでは済まぬほどに虚を突かれたか、
ギョッとしたよに目を剥いて、そのままさぁっと赤くなる。
このような類の話を衒いもなく交わしておれるのは、
此処が周囲へ気を置かずともいい空間だから。
いくら当人同士が納得ずくでも、
あの探偵社の社員寮にマフィアの青年を連れてくわけにもいくまいし、
逆に芥川の住まいへ入りびたるというのもそれはそれで敦の側の気が引けよう。
それに、そんな事実が明るみになって敦が何か問われるのも本意ではなかろと、
そこの辺りを当人たちより先に気遣ってくれた素敵帽子の幹部様。
好きに使っていいぞ、たまに俺も招いてくれりゃあいいからと、
借りたはいいがあんまり使ってないセーフハウスの鍵を敦に預けてくれたそうで。
出掛けたはよかったが、平日でも結構人出が多かった繁華街、
雑踏の乾いた埃っぽさに咳が出た連れを気にした敦が言い出してのこと、
他人という耳目のないこちらへと足を運んで、
それも中也が見立てた品だろう シックなソファーに腰かけ、
他愛ない話をしていた彼らであり。
とんだ流れとなった風向きへ、冷やかされたような気がしたか、
黒の青年が少々焦ったような顔になりつつ、
それでも恨みがましげな上目遣いで何とか言い返したのが、
「…貴様はそのようなことには疎いと思っていたのだがな。」
「うん。ボクもそう思うよ?」
そうと返した割に、だがだがやはり敦の側は平然としていて。
アハハとあっけらかんと笑ったそのまま付け足したのが、
「社の方で茶話のお供によくコイバナとか聞いてるからかもしれない。」
「こいばな?」
色の濃い、若しくは味の濃い花の話か、それとも池の鯉の懐かせ方か、
どっちにしたって探偵社で扱うとは面妖なと思ったらしく。(確かに…)
眉をぐっと寄せ、怪訝そうな顔のままな黒獣の主様だったのへ、
「恋の話で恋バナ、恋愛関係の話って意味だよ。」
ナオミさんが鏡花ちゃんへいろいろレクチャーするのを、
ついつい一緒に聞く機会が多いんだ、と
勘違いしたままな芥川へ、そうと噛み砕いた言いようをし直し、
「それでなくとも、今月はバレンタインデーっていうのがあるから、そういう話が多くって。」
「今月…。」
二月といえば豆まきじゃあなかったか? 若しくはうるう年は1日多い、とか。
芥川、それって子供かお年寄りの発想…なんて、
まだまだだねと窘めるよな顔をした虎くんだったが、
あんただって似たような言い方してなかったか?直近の話でさ。(鬼も裸足で逃げ出すような、参照)
「好きな人へチョコを添えて告白する日だよ。」
「……。」
「上司への義理チョコっていうのも多いそうだけど、」
「……。/////////」
あ、赤くなったと、何をか即座に察したか、ふふーとやんわり笑ったのが小憎らしい。
この少年は自身への評価が低い割に、思いがけないところで大胆な物言いをするので油断がならぬ。
いまだにやや恐持てな されどゴロツキ程度の相手から恫喝されてはおどおどする癖に、
本気出せば脚食うほど恐ろしい異能を操る この黒獣の主へはこういうことをケロッと言うのだから、
日頃の危機管理意識へ使っているのはどんな物差しだと、見せてみろと言いたくもなる。
「……そういえば、樋口が何か言っていたな。」
「あ、やっぱり。」
樋口さん女子力発揮の月だものね。
女子力というのが何を差すかは知らぬが、
彼奴は料理も裁縫も身だしなみも壊滅的だぞ?
「…身だしなみも?」
「ああ、僕と共に張り込みや何やで3日4日徹夜なんてざらだからな。」
平気です元気ですと口では言いつつ、
髪は毛羽立ち、目の下に隈作って傍に立ち続けているそうで。
あれは中原幹部に負けぬほどの社畜ぞと、
手弱女らしさなどどこ吹く風だなんて評すものだから、
“……注目するところがずれてないか?”
あらまあと呆れたのは、だがだが さておいて。(ごめんね樋口さん。)
「それはそれとして……なあ、芥川。」
人の心持ちをさんざん揺すぶっておきながら、
ふと、神妙な顔つきとなって声の調子を落としたものだから。
今度こそは真摯な煩悶かと身構えたところ、
もしょりと口にした一言が、
「もしかして、寸止めじゃあないんだろ?」
「?? 何がだ?」
「だから…。////////」
ポッと赤くなり、視線をちらちら上げたり降ろしたり、
つい先程までの小生意気な快活さはどこへやら。
そっちこそ彼の18たる少年らしい振る舞いだったろに、
では今の彼の様子は何だろう。妙に何かへ含羞んでいて、
“何だ何だ、一体何をそんなに葛藤しているのだ。”
流血もついて回る荒事の連続の中、それでも自身の矜持を噛みしめ、
不器用ながらも懸命に、失敗や悲劇を重ねながらも前向きに。
月並みな言いようながら、昨日より今日、今日より明日と、
日ごと強く雄々しくなってゆく、目映い少年であるはずが。
言って良いものかどうしよかと、
視線を上げてはこちらを見、何へか遠慮、いやいや逡巡しまくりな彼であり。
何をそんなに躊躇しているものかと、怪訝そうに、
だがだが、何でも言ってごらんと掬い取る用意万端で待ち構えておれば、
「だから、太宰さんとの、あのその、交合r……」
「………っ。」
ぐっと何かが喉奥に詰まり、それがどこかを刺激したか咳が続けざまに飛び出す。
げほごほといきなり咳き込み出したこちらに慌てたか、
ソファーから立ち上がって、苦しそうにむせている兄人の細い背をさする敦であり。
「だ、大丈夫? もしかして体調悪かった?」
「違うっ。」
ああそういえば、なんかそんな話も聞いたような気がすると、
おぼろげながらに芥川が思い出したことが一つ。
それなりにお付き合いの等級が進んだ彼らであり、
でもまだ “寸止め”だと中也から言われたと、
この虎の少年が太宰へ報告したとかどうとか。
『ホントの正式な交合りじゃあないから、
青少年育成何とか条例には引っ掛からねぇぞ安心しろって。』
『ホントの大人のはもっと大変なんだからなって。
でも敦はまだ未成年だから“寸止め”だって。/////////』
『でもあの、僕が痛い想いをするのは嫌だからって。
大人になって今少し我慢が利くよになったらなッて。////////』
惚気なんだか嫌がらせなんだか、
中也からそう報告しとけと言われたらしい敦が太宰へ告げた言いようの中、
まだ子供だからと、まだお預けなんだぞと、
そうと言われて留まっている現状とやらが “寸止め”という代物らしく。
「太宰さん、あれ以来、何だかとても嬉しそうなんだ。」
書類整理や報告書書くのもサボらないし、
自殺だってふらり出てくのも減ったし。
まあそれはこのところ凄く寒いからかもしれないけれど、
それでも、退屈だぁなんてだらけてたのが嘘みたいで、
どうしたんだろうと吃驚しておれば、訊きたい?なんて意味深に笑うから、
「ああこれはもしかしてって。」
「〜〜〜〜〜〜〜っ。/////////////」
あの人は もぉお〜〜〜〜〜〜っと、
順調ならではの困った案件、思わぬ角度から飛び込んで来たことへ、
怒っていいのか、だったら誰に?と、
ポートマフィアの首領直属 遊撃隊隊長殿、
大きに唸って身もだえたくなった瞬間だったそうな。
“…此処で此奴の息の根止めたら、さすがに不味いだろうか。”
もしもし? 遊撃隊隊長さま?
せっかく友好的な関係になったのにそれはないのでは………。
to be continued. (18.02.04.〜)
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*すいません、ウチの敦くんは時々天然が過ぎて困った子になります。
前作からご難続きだなぁ、芥川くん。(おいおい)
お、お兄ちゃん頑張れ。(こらこら)
此処までの長い尺取ったシリアス(というか彼らの日常?)は一体何だったのか。
何でか真面なシリアスとか抒情が書けないおばさんです。
このままだとこれがウチの“聖バレンタインデー”作品となりそうですね。
何かあちこちへ“面目ない”と謝りたいです。
*話変わって、今朝がた、こちらで再放送されている“手裏剣戦隊ニンニンジャー”観ました。
文ステで太宰さんを演じた多和田/秀弥さんの演じるスターニンジャー観たくてvv
イケメンなのにちょっと三枚目で、でも脚が長くてびっくりでした。
最初からクライマックス、の電王以来だ、面白かった〜♪

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